分散型ホテルの適地はどこか|稚内・大月・南房総を3つの軸で検証
Lillie Administrative Law Office / Blog
研究ノート
分散型ホテルの適地を、
三つ挙げてみる
北海道稚内市、山梨県大月市、千葉県南房総市。性格のまったく違う三地域を、交通・資源・単価の三つの軸で検証します。向いている理由と、向いていない理由の両方を書きます。
一
前提 ── 2018年に、制度の側の壁が下りた
本題に入る前に、押さえておくべき制度の話をします。
日本で分散型ホテルの先駆けとなったのは、2015年10月に開業した篠山城下町ホテルNIPPONIAですが、これは国家戦略特区制度を適用して実現したものでした。当時の制度では、地域に分散した複数の施設をまとめて一つのホテルとして営業許可を得ることが、通常はできなかったからです。
状況が変わったのは2018年6月の改正旅館業法の施行です。これにより、国家戦略特区でなくても、地域に分散した施設をまとめて一つのホテルとして営業許可を得られるようになりました。以降、分散型ホテルは全国に広がっていきます。
つまり現在は、制度上は、どの地域でも分散型ホテルを組める状態にあります。となると問題は、制度ではなく地域の側の条件になる。「どこでもできる」と「どこでも成立する」は違うからです。
この記事では、適地として三つの市を挙げます。北海道稚内市、山梨県大月市、千葉県南房総市。意図的に、性格のまったく違う三つを選びました。それぞれ強みも弱みも異なり、成立の仕方が違います。
二
判定の軸 ── 三つの視点で見る
前回の記事で、分散型ホテルを交通論・観光事業論・マーケティングの三つの枠組みで整理しました。また大分県竹田市を適地として検証した記事では、成立条件を5つに分けて当てはめています。今回はそれらを、そのまま判定の軸として使います。
三つの判定軸
この三つを、順番に三市に当てはめていきます。
三
北海道稚内市 ── 「最北」という、代替不可能な資源
まず稚内市です。人口は約3万3千人。日本最北の市であり、この一点だけで他のどの地域とも競合しません。
強み1:話題性が、地理的事実として担保されている
観光地のブランディングで最も難しいのは、他所と差別化できる一点を見つけることです。多くの地域は「豊かな自然」「新鮮な海の幸」といった、どこでも言える言葉に流れていきます。
稚内は違います。「日本最北」は地理的な事実であり、努力によって他所が奪うことができません。宗谷岬は北緯45度31分22秒に位置し、日本の北の終着点として揺るがない存在感を持ちます。空気が澄んだ日には、40km以上先のサハリンの島影が見える。
マーケティングの言葉で言えば、これはポジショニングが構造的に確定している状態です。稚内には、日本最北端到着証明書が売られています。冗談のような商品ですが、「到達したこと自体が価値になる」という需要が確かに存在することの証拠でもあります。
強み2:観光地が点在しており、そもそも分散している
稚内の観光資源は、市街地に集約されていません。
- 宗谷岬 ── 稚内駅から車で約40分、バスで約50分。稚内空港からは約25分。
- 宗谷丘陵と「白い道」 ── 帆立の貝殻を敷いた白い道が牧草地と風車の丘陵を抜ける。フットパスとして整備され、SNSで注目されている。
- ノシャップ岬 ── 稚内駅からバスで約10分。日本最北の水族館「ノシャップ寒流水族館」と稚内市青少年科学館が併設され、「わっかりうむ」の愛称で親しまれている。天候に恵まれれば、海の向こうに利尻富士のシルエットが浮かぶ。
- 北防波堤ドーム ── 旧樺太航路の発着場を波飛沫から守るために、昭和6年から11年にかけて建設された全長427m、高さ13.6m、柱70本の構造物。古代ローマ建築を思わせる回廊は世界でも類がないとされ、稚内駅から徒歩圏にある。
- 稚内公園・氷雪の門 ── 市街を見下ろす丘の上に、樺太にまつわるモニュメント群が並ぶ。
- 利尻島・礼文島 ── フェリーで渡る。利尻富士と高山植物は、この地域でしか得られない。
ここで注目したいのは、稚内では「まちごとホテル」という発想が、既に旅行の実態に合っているということです。宗谷岬に行き、白い道を歩き、フェリーで島に渡る。旅行者はもともと市域全体に散らばって動いている。宿泊だけがホテルの中に閉じている、という状態のほうが不自然です。
弱み1:端末交通が徒歩で成立しない
しかし、軸①で厳しい評価になります。
稚内駅と宗谷岬は40〜50分離れており、これを一つのホテルとして束ねることはできません。バス便も限られ、宗谷岬発の稚内駅行き最終便が午後3時前という時間帯もあります。公共交通の時刻に旅程が支配される地域です。
したがって稚内で分散型ホテルを組むなら、選択肢は二つに絞られます。①稚内駅周辺の徒歩圏に集積を作り、市域の観光は送迎かレンタカーに委ねる。②複数の小規模クラスターを作り、送迎を運営コストとして最初から織り込む。前者のほうが現実的でしょう。北防波堤ドームが駅から徒歩圏にあることは、この設計にとって有利な条件です。
弱み2:需要が夏に集中する
これが最大の課題です。稚内の夏の平均気温は約17℃、8月の日中最高気温は平均22℃程度で、避暑地として快適です。一方、冬は平均約マイナス5℃。需要が夏の数か月に極端に偏ることは避けられません。
分散型ホテルは客室数が限られるため、単価で収益を作るモデルです。しかし営業できる期間が短ければ、単価が高くても年間の売上は積み上がりません。加えて、通年雇用を維持できないという問題が直撃します。夏だけ人を集めて冬に解雇するのでは、地域に雇用を生むという分散型ホテルの利点そのものが失われます。
この課題に対する答えは、二つ考えられます。
- 冬を別の商品にする。流氷ではなく、稚内の冬そのものを商品化する。日本最北の冬を体験するという需要は、量は少なくとも確実に存在します。単価はむしろ上げられる。
- 閉じる季節を最初から設計に入れる。冬期休業を前提として、年間の稼働月数から逆算した価格設定を行う。くじゅう花公園のように冬期休園を選ぶ施設もあり、これは敗北ではなく設計です。
四
山梨県大月市 ── 「一時間の非日常」という市場
次は大月市です。稚内とは正反対の理由で挙げます。
人口は約1万9千人。東京都心から約75kmに位置し、新宿から特急で約1時間という立地です。市街地は大月駅周辺に集中しており、この付近を中央自動車道、JR中央本線、国道20号が東西に貫き、南北に国道139号が通る。富士吉田方面へは富士急行線が延びています。
強み1:交通結節点であること
大月市の最大の資産は、風景ではなく位置です。
交通論の観点から見ると、大月は明確な結節点です。鉄道の特急停車駅であり、高速道路のインターがあり、富士方面への分岐点でもある。前回の記事で「端末交通が勝負を決める」と書きましたが、大月は幹線と端末の両方が成立している数少ない地方都市です。市街地が大月駅周辺に集中しているため、駅から徒歩圏に集積を作ることが物理的に可能です。
これは軸①を、三市のなかで最も高く満たします。
強み2:低コストで非日常が手に入るという価値
マーケティングの観点で言えば、大月が狙うべきは「移動コストが低い非日常」という市場です。
関東圏の生活者にとって、非日常を得るための一般的な選択肢は、新幹線や飛行機を使って数万円の移動費と半日の時間を投じるものです。大月であれば、特急で1時間、片道数千円で山間の景色に到達できる。
ここで重要なのは、旅行の総支出における移動費の比率です。移動費が下がれば、その分を宿泊と体験に振り向けられます。分散型ホテルは高単価で戦うモデルですから、移動費が安い立地は、宿泊単価を上げる余地を生むという関係になります。近さは、単価を下げる理由ではなく、むしろ上げる条件になりうる。
強み3:小さな子どもを連れて行ける距離
これは実務的に大きな意味を持ちます。
乳幼児を連れた家族にとって、移動時間はそのまま旅行の可否を決める制約です。3時間の移動は難しくても、1時間なら選択肢に入る。そして小さな子ども連れの家族は、一棟貸しという形態と極めて相性が良い。他の宿泊客に気兼ねする必要がなく、キッチンがあれば離乳食も作れる。夜泣きを心配せずに済む。
この層は、通常のホテルでは受け入れにくく、しかも需要が安定しています。分散型ホテルのターゲット設定として、無視できない市場です。
強み4:資源が点在している
大月市には、猿橋(日本三奇橋の一つに数えられる名勝)や岩殿山といった資源があり、富士山を望む眺望地点も市内に点在します。市域面積は広く、市街地は急峻な山と深い渓谷に挟まれた平坦地に形成されている。まちなかに集積を作り、周辺の自然を面として使うという構成が取りやすい地形です。
参照すべき先行事例:NIPPONIA 小菅 源流の村
そして大月を語るうえで外せないのが、隣接する小菅村の事例です。
2019年8月、山梨県小菅村に分散型古民家ホテル「NIPPONIA 小菅 源流の村」が開業しました。コンセプトは「700人の村が一つのホテルに。」。多摩川源流に位置する小菅村は、面積の95%が森林、人口約700人。人口はピーク時の3分の1にまで減少し、深刻な過疎高齢化に直面していました。
この事例で注目すべき点を挙げます。
- 運営スタッフが全員村人である。マネージャー、料理人、食材を提供する農家、設計施工、アクティビティの案内人まで、すべて村の住民が担っています。前回書いた「消費の漏出を構造的に抑える」という設計の、最も徹底した形です。
- 地域の既存施設を館内設備として使っている。温浴施設や野外体験施設、食堂、商店を積極的に利用してもらうことで、地域全体で観光客をもてなす事業モデルとして構想されました。
- 空き家を順次客室化する構想を持っている。村内に70〜100棟あるとされる空き家のうち、家主の合意が得られ、立地が良いものを順次改修していくという中長期の計画です。
- アクセスの起点が大月駅である。公共交通で向かう場合、新宿からJR中央本線で大月駅まで来て、そこから送迎を受ける。大月は、既に分散型ホテルの玄関口として機能している。
ここに、大月市の可能性があります。小菅村という先行事例が隣接していることは、比較対象があるという以上の意味を持ちます。ノウハウを持つ人材が近くにおり、地域の側にも「分散型ホテルとは何か」の理解が既にある。ゼロから説明を始める必要がありません。
弱み:観光地としての知名度が弱い
正直に書けば、大月市は観光地として認知されていません。中央本線の通過点、あるいは富士急行線への乗換駅という印象が強いはずです。
ただし、観光地ライフサイクルの枠組みで言えば、これは「発展期をスキップしたまま今日に至った地域」ということです。大型施設が林立していないため、既存事業者との競合が起きにくく、町並みが観光開発で改変されてもいない。
加えて大月市は空き家バンク制度を設けており、市民と都市住民の交流拡大および定住促進を目的として運用されています。物件を探す入口は用意されている。
五
千葉県南房総市 ── 一棟貸しの単価が最も取れる場所
三つめは南房総市です。ここは三市のなかで、軸③(単価)を最も高く満たします。
強み1:夏の一棟貸しは、単価が跳ねる
房総半島南部は、東京湾アクアラインや館山自動車道を使えば首都圏から車で到達できる海のエリアです。そして夏の海辺の一棟貸しは、宿泊業のなかで最も価格弾力性が低い商品の一つです。
理由は単純で、需要が特定の日に集中し、かつ代替が効かないからです。海水浴シーズンの週末、グループや家族が一棟を借りたいという需要に対して、供給される棟数は限られている。このとき価格は、通常の宿泊相場から大きく上振れします。
分散型ホテルは客室数の制約から単価で戦うモデルだと繰り返し書いてきました。南房総は、その単価が構造的に最も取りやすい立地です。
強み2:レジャーとの結合度が高い
宿泊が単独で売れることは、ほとんどありません。売れるのは「その地域で何をするか」であり、宿はその器です。
南房総にはレジャーの選択肢が揃っています。海水浴、サーフィン、釣り、花摘み、道の駅めぐり、そして温暖な気候を生かした通年の屋外活動。宿泊者が滞在中に何をするかを、こちらが提案しなくても地域の側に既にあるという状態です。
これは軸②の変則的な満たし方です。稚内や大月が「見る資源」で構成されるのに対し、南房総は「する資源」で構成されている。そして体験は、見物よりも滞在時間を伸ばし、支出を増やします。
強み3:別荘文化という下地
房総南部には保養所や別荘が建てられてきた歴史があり、その多くが現在は使われずに残されています。これは分散型ホテルにとって理想的な物件供給源です。
理由は三つあります。第一に、もともと宿泊利用を前提とした間取りである。第二に、農家住宅などと違って権利関係が比較的単純なことが多い。第三に、所有者が地域外にいるため、活用の提案を受け入れる余地がある。
南房総市は空き家バンクを運用しており、専用の物件検索サイトも整備されています。移住・定住の情報サイトも用意されており、物件を探す導線は明確です。
弱み1:ここも夏に集中する
稚内と同じ課題が、別の形で出ます。海のレジャーは夏に偏ります。
ただし南房総は、稚内よりも条件が良い。温暖な気候のため冬でも屋外活動が可能で、春には花のシーズンがあります。需要の山が複数あるという点で、季節性のリスクは緩和されます。
稚内市
大月市
南房総市
左端が1月、右端が12月。実測値ではなく、需要の山がどこに立つかを示す概念図。
FIG. 三市の季節性(概念図)。分散型ホテルは客室数が少ないため、稼働月数の長さがそのまま年間収益と通年雇用の可否を左右する。
弱み2:競合が既に存在する
これは稚内・大月にはない課題です。南房総エリアには、既に一棟貸しの民泊やヴィラが相当数あります。つまりこの市場は、既に発見されている。
したがって南房総で分散型ホテルを組む場合、単なる一棟貸しでは差別化できません。「複数棟を一つのホテルとして運営し、地域の店や体験と結びつける」という分散型ホテル固有の構造そのものを、価値として打ち出す必要があります。受付機能を持ち、まちの事業者と連携し、滞在の設計まで提供する。ここまでやって初めて、既存の一棟貸しとの差が出ます。
六
三市を並べる
ここまでの評価を整理します。
北海道稚内市
山梨県大月市
千葉県南房総市
三市の性格は、はっきり分かれます。稚内は希少性で、大月は近接性で、南房総は単価で成立する。同じ分散型ホテルという形式を使っても、収益の作り方はまったく違うものになります。
七
行政書士として、地域ごとに何が論点になるか
最後に、手続の側から見た論点を整理します。同じ制度でも、地域によって効いてくる部分が違います。
稚内 ── フロント機能の代替が最大の関門
簡易宿所として構成する場合、玄関帳場の代替措置を保健所と協議することになりますが、稚内では「緊急時に受付から各棟へ何分で駆けつけられるか」という論点が特に厳しく出ます。エリアが広く、冬季は道路状況が悪化するためです。
加えて、寒冷地特有の設備要件が改修費を押し上げます。凍結深度に対応した給排水、断熱、暖房。北海道での改修は、本州の相場感がそのまま通用しません。冬期休業を選ぶ場合は、休業期間中の建物管理をどう位置づけるかも契約と運営計画に書き込む必要があります。
大月 ── 用途地域と、送迎の扱い
市街地に集積を作る場合、用途地域の確認が先に来ます。市街化区域内であれば、旅館業を営めるかどうかは用途地域によって変わるためです。物件を決める前に確認すべき事項です。
もう一つは送迎です。小菅村の事例のように大月駅から送迎を行う場合、その運送が有償か無償か、宿泊料に含まれるかによって、道路運送法上の整理が変わってきます。「宿泊者向けの無償送迎」として整理するのか、別の枠組みを取るのか。ここは早い段階で押さえておくべき論点です。
南房総 ── 民泊制度との比較と、所有者の所在
一棟貸しが既に多いエリアであるため、住宅宿泊事業法(民泊)で組むか、旅館業法の簡易宿所で組むかの判断が実務上の分かれ目になります。民泊は営業日数に上限があり、夏に需要が集中する立地ではこの制約が直撃します。単価を取りに行くなら、旅館業許可を選ぶ判断が基本になるでしょう。
もう一つは所有者です。別荘や保養所は、所有者が地域外にいることが多い。これは連絡が取りやすいという利点である一方、法人所有であれば決裁に時間がかかり、相続が発生していれば相続人が全国に散らばっているという事態も起こります。権利関係の確定に要する期間は、ここでも事業計画に織り込む必要があります。
八
おわりに ── 適地とは、条件が揃っている場所のことではない
三つの市を挙げましたが、どれも完璧ではありません。稚内は季節性を抱え、大月は知名度がなく、南房総には競合がいます。
そもそも、すべての条件が揃った地域があれば、とうにホテルが建っています。分散型ホテルが選ばれるのは、条件が揃っていないからです。大型施設を建てるだけの需要がなく、しかし壊すには惜しい建物がある。そういう場所でしか、このモデルは必要とされません。
だとすれば、適地を見極めるという作業は、「何が足りないか」を正確に把握し、その不足を設計で埋められるかどうかを判断することに尽きます。稚内なら季節性、大月なら認知、南房総なら差別化。それぞれの弱点に対する答えを持てるかどうかが、事業の成否を分けます。
行政書士としてこの分野に関わるなら、許認可の可否を答える前に、この判断に付き合えるかどうかが問われるのだと思っています。
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