昭和初期の空き家に灯りがともるまで——行政書士が伴走した「まちごとホテル」の裏側

Lillie Administrative Law Office / Blog

まちづくり・古民家活用

昭和初期の空き家が
「まちごとホテル」になるまで

行政とタイアップして進めた、北海道での分散型ホテル立ち上げ。許認可・補助金・住民合意——書類の裏側で実際に起きていたことを、行政書士の視点で記録します。

AREA / 北海道
THEME / 分散型ホテル
WRITER / 行政書士

最初の現地調査は、鍵のかかっていない家から始まった

最初にその家を見たのは、冬でした。除雪された道路から一段下がったところに敷地があり、雪をかき分けて玄関まで進みます。声をかけても返事はない。当然です、何十年も人が住んでいないのですから。

案内してくれた地域の方が、引き戸に手をかけました。鍵はかかっていませんでした。「このへんは昔からこうだから」と、その方は言いました。

中に入ると、時間が止まっていました。茶の間の座卓の上に、湯呑みがそのまま伏せてある。仏壇が残っている。押し入れには布団が積まれ、簞笥のなかには衣類が入ったまま。人が「出ていった」のではなく、「いつか戻るつもりだった」家の残り方でした。

建物としては、状態は悪くありませんでした。昭和初期に建てられた木造。梁は太く、建具の造作は今の新築では再現できない質のものです。ただ、天井に雨染みがあり、北側の一部は床が沈んでいました。

この時点で私が考えていたのは、建物のことではありません。この家財を、誰の責任で、いくらかけて片付けるのか。そして、この家は今、誰のものなのか。この二つでした。事業として成立させるには、まずここを確定させないと一歩も動けません。

現地調査でいちばん時間を使ったのは、建物の傷み具合ではなく、押し入れの中身と、登記簿の名義でした。

なぜ、あの家は空き家のままだったのか

ここで少し、話を全国の話に広げます。あの家が何十年も空き家のまま残っていたのは、持ち主が怠慢だったからではありません。そうならざるを得ない構造があります。

空き家は900万戸を超えた

2023年の住宅・土地統計調査によれば、日本の空き家は900万2千戸。空き家率は13.8%で、いずれも過去最高です。2018年の849万戸から、5年で51万戸増えました。住宅のおよそ7戸に1戸が空き家という計算になります。

ただし、この900万戸のすべてが問題なのではありません。この数字には、賃貸用の募集中物件や、売却予定の物件、別荘などの二次的住宅も含まれます。本当に厄介なのは、そこから除いた「その他空き家」と分類されるものです。用途がなく、貸すあてもなく、ただ放置されている家。これが386万戸、住宅ストック全体の5.9%を占め、1993年からの30年で約2.5倍に膨らんでいます。

放置された空き家は、老朽化とともに地域のリスクに変わります。屋根や外壁の落下、雑草と害虫、放火や不法侵入、雪国であれば倒壊。景観が崩れ、周辺の資産価値まで下げていく。一軒の空き家は、その一軒だけの問題では終わりません。

問題は「空き家があること」ではなく、「壊すことも使うこともできないまま止まっていること」でした。

理由その一 ── 解体には、現金が必要になる

まず、単純にお金の問題です。木造住宅の解体費用は、規模や立地にもよりますが、一般的な戸建てでおおむね100万〜200万円台が目安とされます。ここに廃材の処分費、重機を入れられない狭い敷地での手壊し作業、古い建物であればアスベストの事前調査と対応が加わります。北海道の郊外や中山間地であれば、業者の移動距離が長い分だけ、さらに上振れします。

ここで考えてみてください。相続した家が、遠方にある。誰も住まない。売っても大した値段にならない。そこに「解体するので200万円出してください」と言われて、すぐ払える人がどれだけいるでしょうか。しかも相続人が複数いれば、その費用を誰がいくら負担するのかで、話がまとまりません。

結果として、何も決まらない。決まらないから、そのままになる。あの家の押し入れに布団が残っていたのは、そういうことでした。

理由その二 ── 壊すと、税金が上がる

そして、制度がこれを後押ししてしまう側面があります。

住宅が建っている土地には住宅用地の特例が適用され、200㎡以下の部分(小規模住宅用地)については固定資産税の課税標準が6分の1、都市計画税が3分の1に軽減されます。この特例は「住宅が建っていること」が前提です。解体して更地にすれば、特例は外れます。

俗に「更地にすると固定資産税が6倍になる」と言われます。実際には評価額の算定方法や負担調整措置があるため単純に6倍とは限りませんが、負担が大きく増えることは間違いありません。

つまり所有者から見ると、こうなります。壊せば200万円の現金が出ていき、そのうえ毎年の税負担が増える。壊さなければ、当面は何も起きない。合理的に判断すればするほど、「放置」が選ばれる。これが空き家問題の芯にある構造です。

制度は動き始めている

この構造に対して、法整備は進んでいます。

  • 2023年12月13日施行の改正空家等対策特別措置法により、そのまま放置すれば特定空家になるおそれのある状態を「管理不全空家」として、市区町村が指導・勧告できるようになりました。勧告を受けると、住宅用地特例が適用されなくなります。「壊さなければ税は安いまま」という前提が、崩れたことになります。
  • 2024年4月1日から、相続登記が義務化されました。相続によって不動産を取得した相続人は、所有権の取得を知った日から3年以内に登記を申請しなければなりません。所有者不明の土地・建物を減らすための改正です。

方向としては正しいと思います。ただし、これらはいずれも「放置しにくくする」施策です。放置しにくくなった所有者が次に選ぶのは、多くの場合、解体です。そして解体されれば、その建物は二度と戻りません。昭和初期の梁も、建具も、まちなみの連なりも。

だから、「使う」という第三の選択肢がいる

所有者の前にある選択肢は、長らく二つしかありませんでした。放置するか、壊すか。売れるならとっくに売れています。売れないから残っているのです。

分散型ホテルは、ここに第三の選択肢を置く試みです。壊すのではなく、使う。しかも一軒だけを再生しても、周りが空き家のままなら、その家はいずれまた孤立します。だからまちごと使う。一棟が客室になり、隣が食事処になり、その先が地域の店になる。そうやって面で灯りを増やしていかないと、点は消えます。

私たちが北海道のあの家から始めたのは、この構造への具体的な回答を、一件だけでも形にしてみたかったからです。

※ 数値は総務省「令和5年住宅・土地統計調査」による。解体費用は目安であり、構造・規模・立地・付帯工事の内容によって大きく変動します。税制の適用は個別事情によって異なるため、具体的な取り扱いは市区町村または税理士にご確認ください。

分散型ホテルとは何か ── イタリアの「アルベルゴ・ディフーゾ」

本題に入る前に、この事業の形について説明します。

分散型ホテルは、ひとつの建物のなかに客室・レストラン・フロントが揃った従来型のホテルとは、発想が根本的に違います。地域に散らばっている空き家を客室として再生し、建物単体ではなく、地域一帯をひとつのホテルとして扱う。町の中心に受付機能を置き、そこでチェックインして鍵を受け取り、少し歩いた先の一棟に泊まる。食事は町のレストランでとる。

垂直に高いホテルではなく、水平に広がるホテル。宿泊者は「ホテルに滞在する」のではなく、その町に一時的に暮らす。これが核心です。

R = 約200m
食事処
一号棟
二号棟
三号棟
四号棟
レセプション
町全体が、ひとつのホテル。

FIG. 受付を中心に客室棟が分散する構成。認証団体ADIは、各施設がレセプションからおおむね半径200m以内に集積していること、単一の経営体が運営することを要件としている。

発祥は、1976年の地震だった

このモデルはイタリア発祥で、原語ではアルベルゴ・ディフーゾ(Albergo Diffuso)と呼ばれます。アルベルゴが「宿」、ディフーゾが「分散」。直訳すれば「散在する宿」です。

起源には災害が関係しています。1976年にイタリア北部を襲った大地震の被害が背景にあり、過疎化した農村・山間部の集落にあふれる空き家をどう再生するかという課題から生まれました。通常の観光ルートから外れた歴史的な小さな村や町の中心部を復活させる手段として、1980年代初頭に提唱されたコンセプトです。提唱者はジャンカルロ・ダッラーラ氏。

空き家、過疎、高齢化。イタリアが40年前に直面した課題は、そのまま今の日本の地方の課題です。輸入されたモデルというより、同じ問題に対する先行事例として参照されている、というのが正確なところだと思います。

先行事例 ── NIPPONIA という到達点

日本で分散型ホテルを語るとき、まず参照されるのがNIPPONIAです。地域ごとに運営体は異なりますが、いずれも古民家を再生し、まち全体をひとつのホテルとして扱う考え方で組み立てられています。計画段階で、私たちも繰り返しこの三か所を研究しました。

兵庫県・丹波篠山市

篠山城下町ホテル NIPPONIA

日本初の分散型ホテルとされる存在。400年の城下町では多くの歴史的建造物が空き家となり、取り壊しや建替えの危機にありました。それらを改修し、複数の客室がまちなかに散らばるホテルをつくる構想を全国で初めて形にしたのが丹波篠山です。明治前期の元銀行経営者の旧邸宅から江戸末期の長屋まで、まちに点在する建物を客室にしています。

広島県・竹原市

NIPPONIA HOTEL 竹原 製塩町

製塩業で栄え「安芸の小京都」と呼ばれた竹原。重要伝統的建造物群保存地区にある歴史的建造物3軒を、客室10室の宿泊施設とレストランに改修しています。元銀行、元料亭など、建物ごとの来歴をそのまま空間の性格にしている点が参考になりました。改修を担ったのは地域の職人たちです。

愛媛県・大洲市

NIPPONIA HOTEL 大洲 城下町

日本最大級の分散型ホテル。城下町に26棟31室が点在します。私たちが最も学んだのは、1階を地域事業者の古民家ショップ、2階をホテル客室として使うという組み立て方でした。改修範囲を抑えられるうえに、まちの店とホテルが同じ建物のなかで共存する。ホテルが箱を独占しない設計思想がここにあります。

※ 各施設の最新情報・料金は公式サイトをご確認ください。

所有者は7人に分かれていた

さて、現地調査に戻ります。

登記簿を上げたところ、名義は昭和の時代に亡くなった方のままでした。相続登記がされていない。法定相続人を戸籍で追っていくと、二次相続・三次相続が発生していて、権利者は7人に分かれていました。うち2人は道外、1人は連絡先が長年不明。

この「相続が数代分たまった空き家」は、地方では例外ではなく標準です。空き家対策が進まない最大の理由は、建物の傷みではなく誰と契約すればいいのかわからないことにあります。

結果として、この段階だけで数か月を使いました。戸籍を集め、相続関係説明図を作り、全員に趣旨を説明する書面を送り、意向を確認していく。反対されたわけではありません。むしろ「あの家をどうにかしてくれるならありがたい」という反応がほとんどでした。ただ、全員の意思を書面で揃えるという作業には、それ相応の時間がかかります。

もうひとつの発見は、登記簿と現況が一致していなかったことです。北側の一部が、登記されていない増築部分でした。昭和期の農村部ではよくあることですが、宿泊施設として使う以上、放置はできません。

家財=残置物の処理を、誰が負担するか

あの押し入れの布団と簞笥の中身です。残置物の所有権は、原則として元の所有者側にあります。事業者が勝手に処分すれば、後日「大事なものがあった」という話になりかねません。

実務では、賃貸借(または使用貸借)の契約書に、残置物の取り扱いを明記します。所有権を放棄する旨、処分費用の負担者、仏壇や位牌など祭祀に関わるものは別扱いとすること。実際、仏壇はご親族が引き取られ、あとは合意のうえで処分となりました。処分費用だけで数十万円です。この費用を見落とすと、初回の資金計画がそのまま狂います。

行政とタイアップする、ということ

この事業は、民間だけで進めたものではありません。街づくり事業として行政とタイアップし、公民連携の枠組みのなかで進めました。

行政と組むことの意味は、はっきりしています。

  • 空き家の所有者情報や地域の実情について、行政側が一次情報を持っている
  • 補助金・交付金の設計段階から相談ができる
  • 地元住民への説明において、行政が関与しているという事実が信用として効く
  • 道路・上下水道・景観など、単独事業では動かせない領域に接続できる

反面、行政と組むということは、スケジュールと説明責任が公のものになるということでもあります。年度予算の区切り、議会への説明、公平性の担保。「この事業者だけ優遇しているのではないか」という問いに、行政は常に答えられる状態でなければなりません。民間のスピード感だけでは進みません。

住民説明会で実際に出た質問

説明会は避けて通れません。そして、出る質問はだいたい決まっています。

  • ゴミはどう出すのか。町内会の集積所を使うのか
  • 夜、知らない人が歩いているのは不安だ
  • 駐車場はどこか。冬の除雪はどうするのか
  • 騒がれたら誰に言えばいいのか
  • 失敗したら、その建物はまた空き家に戻るのではないか

最後の質問がいちばん重いものでした。地域の方々は、過去にいくつも「来ては消えていった」計画を見ています。

これに対して有効だったのは、理念の説明ではなく体制の説明でした。緊急時の連絡先を24時間つながる形で公開すること。トラブル時に何分で人が来るのか。ゴミは事業者が事業系一般廃棄物として処理し、集積所は使わないこと。具体的な運用を一つずつ示していくと、空気が変わります。

行政書士としての私の役割は、まさにこの接続部分にありました。事業者側の意図を、行政が受け取れる形式の書面に翻訳する。逆に、行政の制約と住民の懸念を、事業計画のなかに条件として落とし込む。翻訳者であり、調整役です。

現場メモ

説明会の帰り、地域の年配の方に呼び止められました。「行政書士さんが入ってるなら、書類はちゃんとしてるんだね」と言われて、正直、面食らいました。こちらは資格の話を一言もしていません。それでも、その肩書は「役所とやりとりする人」として受け取られていた。

ありがたい反面、怖さも感じました。信用されているのは私個人ではなく、制度としての国家資格です。そこに乗っかって仕事をしている以上、雑な書類は一枚も出せない。あの一言は、いまでもこの案件を思い出すときに最初に浮かびます。

許認可の壁 ── 分散していること自体が論点になる

ここからが行政書士の本業です。そして、分散型ホテル特有の難しさが出るところでもあります。

旅館業法 ── 「フロントが1か所しかない」問題

宿泊料を受けて人を宿泊させる以上、旅館業法の許可が必要です。一棟貸しの形態であれば簡易宿所営業で構成するのが一般的です。

ここで最大の論点になったのが、玄関帳場(フロント)でした。分散型ホテルは、定義上、全棟にフロントを置きません。置いたら分散型ではなくなります。

現在は法令上、ICTの活用等による代替措置が認められる方向にありますが、具体的に何をもって足りるとするかは、所轄の保健所の判断です。事前協議で詰めたのは次のような点でした。

  • 本人確認をどの方法で行うか(ビデオ通話か、対面か、その併用か)
  • 宿泊者名簿をどう作成・保存するか
  • 鍵の受け渡し方法と、不正利用の防止策
  • 緊急時に、受付から各棟まで何分で駆けつけられるか
  • その体制を、誰が、どの時間帯に担保するか

この「何分で行けるか」が、実質的に立地条件そのものになります。半径200m以内に集積するという分散型ホテルの要件は、観光上の思想であると同時に、日本の許認可実務ではきわめて合理的な条件だったわけです。

現場メモ

最初の事前協議で、担当の方に「うちの管内で、この形はまだ例がないです」と言われました。前例がない、は否定ではありません。ただ、判断の拠り所がないという意味です。

そこからは、こちらが材料を出すしかありませんでした。他自治体でどう運用されているか、根拠となる条文と通知はどれか、こちらが想定している運用は何分・誰が・どう担保するのか。書面にして持ち込み、指摘をもらって直し、また持ち込む。何度目かのとき、担当の方が「この部分は、こう整理すれば説明がつきますね」と一緒に考えてくれた瞬間がありました。

あのとき理解したのは、許認可は提出するものではなく、一緒に作るものだということです。窓口を「審査する側」だと思って構えている限り、この案件は通らなかったと思います。

建築基準法 ── 検査済証がない

昭和初期の建物ですから、確認済証も検査済証も残っていません。ここは建築士と組んで、法適合状況の調査から入りました。

用途変更については、床面積によって確認申請の要否が変わります(規模によっては不要となる場合があります)。ただし「確認申請が不要」と「法令に適合しなくてよい」はまったく別の話です。ここを混同したまま工事を進めてしまう例は、実際にあります。避難経路、内装制限、既存不適格としての取り扱い。設計段階で整理しておかないと、あとから戻れません。

消防法 ── 木造の古民家に、いちばん厳しい

宿泊施設は消防法上の扱いが厳しく、しかも対象は築100年近い木造建築です。自動火災報知設備、誘導灯、消火器、避難経路の確保。古い建物の意匠を残しながら、設備を通す配線とルートをどう確保するか。設計と消防機関との事前協議を何度も往復しました。

結果として、消防関連だけで想定を超える費用が乗りました。改修費を見積もる際、ここを甘く見ると必ず狂います。

※ 旅館業法・建築基準法・消防法令の運用は、自治体および所轄庁によって判断が分かれます。本記事は一般的な整理であり、個別の案件では必ず事前協議を行ってください。

費用 ── 1棟1,300万円を、どう賄ったか

具体的な数字を出します。

約1,300万円 / 1棟あたりの改修費

補助金・交付金
地元からの寄付
クラウドファンディング
自己資金・借入

外部資金でおおむね5〜7割を確保。構成比は棟ごとに異なる。

内訳としては、耐震・基礎まわりの補強、水回り(浴室・トイレ・給排水)の全面更新、断熱と暖房、消防設備、内装・什器。北海道である以上、断熱と凍結対策は削れません。給水管の凍結深度、冬季の除雪動線、暖房の熱源。本州の古民家改修の相場感をそのまま持ち込むと、確実に足りなくなります。

そして、見積は上振れました。基礎を開けたところ、土台の一部が想定以上に傷んでいた。古い建物は、開けてみないと本当の状態がわかりません。予備費を積んでいなければ、そこで止まっていました。

この1,300万円のうち、半分から約7割を、補助金・地元からの寄付・クラウドファンディングで賄いました。

補助金 ── 交付決定前に着工したら、その時点で終わり

街づくり事業として行政とタイアップしていたことが、ここで効きます。空き家活用、観光振興、地域再生といった枠組みのなかで、活用できる制度を組み合わせました。

実務上の鉄則を二つだけ書いておきます。

  • 交付決定前に着工した経費は、原則として対象外です。「先に工事を始めて、後から申請」は通りません。ここで補助金を丸ごと失う例は、本当にあります。
  • 実績報告の証憑は、着工前から揃え始めること。見積書、契約書、請求書、領収書、そして施工前・施工中・施工後の写真。特に写真は、後から撮り直せません。「壁を剥がす前の状態」は、剥がしたら二度と撮れないのです。
現場メモ

これは、実際にひやりとしたから書いています。実績報告の段階で、ある工程の施工中写真が足りないことに気づきました。現場は進んでいて、その部分はすでに壁の中です。

幸い、施工業者が自社の管理用に撮っていた写真が残っていて事なきを得ましたが、あのときは血の気が引きました。以来、着工前の打ち合わせで「どの工程を、どの角度で、誰が撮るか」を紙にして配るようにしています。設計にも施工にも入れない立場の人間が、現場に対してできる数少ない実務がこれでした。

制度ごとに対象経費・補助率・報告様式が異なるため、設計段階から補助要件を織り込む必要があります。工事が終わってから制度を探しても遅い、というのが実感です。

地元からの寄付 ── 金額以上の意味を持った

比率としては大きくありません。しかし、地域が自分の財布から資金を出しているという事実は、この事業に対する地元の合意そのものを示します。行政との協議でも、住民説明会でも、この点は他の何よりも説得力を持ちました。

一方で、法人からの資金には注意が必要です。純粋な寄付なのか、対価性のある協賛・広告なのか。表示の仕方によっては扱いが変わるため、募集の段階で整理しておく必要があります。

クラウドファンディング ── 資金調達であり、開業前の広報でもある

集まったのは資金だけではありません。支援者はそのまま最初の宿泊客になり、開業前から発信してくれる人になります。

ただし、設計上の注意点があります。

  • 目標未達時の扱い(All-or-Nothing か All-in か)で、資金計画の前提が変わる
  • 宿泊券をリターンにする場合、それは前受金であり、開業後に提供義務が残る負債である
  • 提供時期・内容の表示は、実現可能な範囲に限ること。工期が延びれば、そのまま履行遅延になる

実際、改修工期は当初計画から後ろにずれました。支援者への状況報告を途切れさせなかったことが、結果的にいちばん効いたと思っています。

残る3〜5割は事業者の自己資金と借入です。逆に言えば、この自己負担分をどこまで圧縮できるかが、二棟目・三棟目に進めるかどうかを分けます。

メリットとデメリット ── 「宿をつくる」話ではない

ここが、この事業のいちばん大事なところです。分散型ホテルの価値は、客室が増えることではありません。まちづくりの手段として何ができるかにあります。両面を書きます。

メリット

単なる宿泊施設ではなく、まちづくりの装置になる通常のホテル開発は、更地に箱を建てて完結します。分散型は逆で、まちに残っている建物を一棟ずつ使えるものに戻していく作業です。成果として数えられるのが客室数ではなく「壊されずに残った建物の数」になる。事業計画と、景観計画・空き家対策・移住定住施策が、同じ線の上に乗ります。行政と組む意味がここにあります。
地域と一体になって、まちそのものを設計できるホテルが施設内にレストランも土産物店も抱え込むと、客も金もホテルの中で完結します。分散型は、その機能をまちの事業者と分け合う構造です。大洲の事例では、1階を地域事業者の店舗、2階をホテルの客室として同じ建物を使っています。食事は町の店、体験は地元の担い手、土産は既存の商店。ホテルは「まちの受付」に徹する。だからこそ、ホテル単体ではなく、まちの側の動線・営業時間・品揃えまで含めて一緒に設計することになります。関係者は増え、調整は重くなりますが、これは欠点ではなく、この事業の本体です。
地域に仕事と雇用が生まれる効果は開業後だけではありません。改修の段階で、大工・左官・建具・板金といった地元の職人に仕事が回ります。古い建物を扱える職人は高齢化が進み、仕事がなければ技術ごと途絶えます。継続的に改修案件が出ること自体が、技術の維持につながる。
開業後は、フロント・清掃・リネン・調理・まち歩きの案内といった業務が生まれます。これらは観光シーズンだけの短期雇用ではなく、通年で回る仕事にできます。加えて、食材や日用品の調達先が地元になり、間接的な取引も増える。「働く場所がないから出ていく」という流れに、細いながらも逆向きの線を引ける。ここが、行政が本気で組む理由でもあります。
空き家が、負債から資産に変わる固定資産税と管理コストだけを生んでいた建物が収益を生む。特定空家に指定されるリスクも解消される。
投資を段階化でき、撤退も一棟単位でできる大型ホテルのように一度に巨額を投じる必要がない。需要を見ながら一棟ずつ増やせる。
景観と文化が、そのまま観光資源になる建物を壊さずに使うため町並みが維持される。分散していること自体が「他の宿泊客と接触しない滞在」への需要にも合致する。

デメリット

運営効率が悪い最大の弱点。清掃・リネン交換・チェックイン対応のたびにスタッフが町を移動する。同じ客室数の集約型ホテルと比べ、人件費と時間のコストは確実に高い。冬はさらに移動が遅くなる。
雇用は生まれるが、人材の確保はまた別の話「仕事ができた」ことと「働く人がいる」ことは違います。人口が減っている地域で、通年のシフトを組める人数を集めるのは簡単ではない。運営を外部事業者に委ねれば人は揃いますが、今度は地域に雇用が残らない。ここの設計を先送りにすると、開業後にいちばん苦しくなります。
法規制の対応が、一棟ごとに発生する旅館業法の許可、消防設備、建築基準法上の取り扱い。すべて建物ごとの個別判断。一棟目でクリアした論点が、二棟目でそのまま通るとは限らない。
改修費が読みきれない古い建物は開けてみないと本当の状態がわからない。基礎、シロアリ、配管。見積もりからの上振れは、想定しておくべき前提。
合意形成に時間がかかる相続人の意思確認、住民説明、行政協議、地域事業者との連携条件。この事業でいちばん長かったのは工事期間ではなく、合意形成の期間だった。
収益性が高いビジネスではない客室単価は上げられても客室数が限られる。投資回収は長期戦。補助金を前提とせずに単独で成立させるのは、率直に言って難しい。

なぜ、この仕事と行政書士の相性が良いのか

最後に、実務者としての所感を書いておきます。この種のまちづくり事業は、行政書士という職種と、かなり相性が良い。理由は三つあります。

一、入口が「誰の家なのか」から始まるから

先に書いたとおり、空き家活用は権利者の確定から始まります。戸籍を辿って相続人を洗い出し、相続関係説明図をつくり、全員の意思を確認して書面にまとめる。遺産分割協議書の作成、賃貸借契約書や使用貸借契約書の作成。

これは行政書士の中心業務そのものです。そして、この工程を飛ばして進められる案件は一つもありません。建築士も、施工業者も、宿の運営者も、権利関係が固まらなければ動けない。結果として、いちばん最初に呼ばれる立場になります。

二、官公署への提出書類が、事業の全工程に張りついているから

この事業で必要になった書類を並べると、性格がはっきりします。

  • 旅館業(簡易宿所)営業許可の申請 ── 保健所
  • 消防法令適合に関する各種届出 ── 消防機関
  • 補助金の交付申請と実績報告 ── 自治体・関係機関
  • 行政との協定書、事業計画書、住民説明会の資料
  • まちづくり会社の設立(定款作成)、地域事業者との業務委託・提携契約
  • 案件によっては、農地転用、開発許可、道路使用など

官公署に出す書類を作り、その前段の協議に伴走する。まさに本業の範囲です。しかも分散型ホテルは棟数だけ手続が増える構造ですから、二棟目、三棟目と続くほど、継続的に関与する余地が生まれます。

三、行政と民間の「言葉の違い」を翻訳できるから

これが実務上いちばん効きました。

民間事業者は「いつまでにいくらで開けるか」で話します。行政は「何を根拠に、どの制度で、公平性をどう説明するか」で話します。どちらも正しいのですが、そのままでは噛み合いません。地域住民はさらに別の言葉──「うちの前の道はどうなるのか」──で話します。

行政書士は、許認可という「行政側のルール」を日常的に扱いながら、依頼者である民間側に立っている職種です。この位置にいると、行政の要求を事業計画の条件に翻訳し、事業者の意図を行政が受け取れる形式の書面に翻訳する、という往復ができます。公民連携の案件で最も摩耗するのはこの翻訳作業で、ここを担う人がいないと、プロジェクトは高い確率で止まります。

ただし、一人でできる仕事ではありません

誤解のないように書いておきます。この事業は、行政書士だけでは絶対に完結しません。

  • 相続登記・所有権移転登記は司法書士
  • 税務申告・補助金の税務処理は税理士
  • 設計・法適合状況調査・工事監理は建築士
  • 相続人間の争いや、訴訟に発展する事案は弁護士
  • 測量・境界確定は土地家屋調査士

行政書士の役割は、この人たちを適切なタイミングで呼び、全体の順序を組み立てることだと思っています。入口の整理と、全体の設計図。案件の最初期から関与し、専門家をつなぐハブとして動く。この立ち位置が、まちづくり事業には合っています。

逆に言えば、業際を曖昧にしたまま踏み込む事務所は、この分野では信用されません。行政も、地域も、そこを見ています。

十一

やってみて、行政書士としてどう変わったか

ここまでは、事業としての整理です。最後に、一人の行政書士として実際に関わってみた率直な感想を書いておきます。うまくいった話だけを並べても、あとから同じことをやろうとする人の役に立たないので。

「書類は最後に作るもの」だと思っていた

関わる前の私のイメージは、こうでした。事業者が計画を決め、工事の目処が立ち、最後に許認可の書類を整えるために行政書士が呼ばれる。実際は、まったく逆でした。

この案件で私が最初に呼ばれたのは、誰も何も決めていない段階です。建物をどう使うかも、誰が運営するかも決まっていない。決まっていないどころか、その建物が誰のものかも分かっていない。そこから戸籍を集めるところが仕事の入口でした。

逆に言えば、書類を作る段階まで来た案件は、もう半分以上終わっています。許認可の申請書そのものに費やした時間は、全体の1割にも満たない。残りの9割は、協議と、確認と、待つことでした。この配分を知らずに引き受けていたら、途中で見積を誤っていたと思います。

いちばんきつかったのは、何も進まない期間

正直に書きます。この案件で最も消耗したのは、複雑な法令解釈でも、分厚い申請書でもありませんでした。連絡がつかない相続人を待っている、何も動かない数か月です。

こちらにできることは、文書を送り、期間を空けて、また送ることだけ。その間、事業者からは「どうなっていますか」と聞かれ、行政からは年度のスケジュールを示され、地域の方には「あの話、どうなった」と聞かれる。進捗がないことを、三方向に説明し続ける期間があります。

ここで学んだのは、「進んでいません」を、事実として淡々と共有し続けることの重要性でした。進んでいるように見せようとした瞬間、信用を失います。何を出して、いつ返事が来る見込みで、来なかったら次に何をするのか。それだけを毎回同じ形式で報告する。地味ですが、これが最終的にいちばん効きました。

東京の事務所が、北海道の案件に関わるということ

これは限界の話でもあります。私は現地に住んでいません。そのことは、最後まで弱点であり続けました。

役所の担当者の異動も、地域の人間関係も、誰が誰に一言入れておくべきなのかも、通っているだけでは分かりません。実際、私が「手続としては問題ないはず」と考えた進め方に対して、現地の方から「その順番だと角が立つ」と言われたことが何度かあります。制度上正しいことと、地域で通ることは、別の話です。

結論として、この種の案件は現地に軸足のある人と組まないと成立しないと考えるようになりました。私の役割は、制度の側の整理と、行政に出す書面の品質を担保すること。地域の呼吸を読む部分は、現地の人に委ねる。役割を切り分けて認めたほうが、結果として案件は前に進みます。

報酬設計は、正直に言って難しい

実務者として書いておくべきことなので書きます。この種の案件は、期間が長く、成果が見えにくく、途中で止まる可能性があるという三重苦です。

許認可のように「申請1件いくら」で切れる部分は限られ、実際の中身は協議への同席、資料の作り直し、関係者間の連絡調整といった、時間で測るしかない業務が大半を占めます。相続人調査のように、着手した時点では何通の戸籍が必要か分からない業務もある。時間単価で厳密に計算すれば、割に合わない場面は確実にあります。

それでも受けた理由は、二つあります。ひとつは、この分野が一件で終わらないこと。二棟目、三棟目と続けば手続は反復し、地域内の別案件にもつながっていく。もうひとつは、単純に、この仕事が面白かったからです。後者を認めるのは商売として褒められた態度ではありませんが、事実なので書いておきます。

次にやるなら、こうする

教訓として残っているのは、この三つです。

  • 権利関係の確定に、想定の2倍の期間を見る。ここが読めないと、補助金の年度スケジュールが全部ずれます。逆に、ここさえ押さえれば後半は計画どおりに進みます。
  • 補助制度は、建物を決める前に調べる。「この建物をどう改修するか」を決めてから制度を探すのではなく、使える制度の要件を先に把握したうえで、改修の仕様を決める。順番が逆になると、対象外の工事に自己資金を投じることになります。
  • 事前協議の記録を、必ず書面で残す。口頭で「それで大丈夫でしょう」と言われた内容は、担当者が代わると消えます。協議の都度、こちらの理解をメモにして送り、確認を取る。手間ですが、これをやっていた部分だけは、後で一度も揉めませんでした。
現場メモ

案件が動き出してしばらく経った頃、事業者の方に「行政書士って、こんなことまでやるんですね」と言われました。褒め言葉かどうかは分かりません。

ただ、この仕事を通じて自分の理解は変わりました。行政書士の仕事は、書類を作ることそのものではなく、まだ形になっていない意思を、誰かに伝わる形にすることなのだと思います。相続人の意思、事業者の構想、住民の不安、行政の要件。それぞれ言葉の形が違うものを、同じテーブルに載る形式に整える。結果として出てくるのが申請書であり、契約書であり、協定書だった、というだけのことでした。

十二

灯りがついた日のこと

開業前夜、最終確認のために現地にいました。日が落ちて、玄関の灯りをつけたときのことです。

道の向かいの家から、人が出てきました。何十年も暗かった家に灯りがついたのが、外から見えたのだと思います。何を言うでもなく、しばらく立って見ていました。

分散型ホテルは、儲かるから選ぶモデルではありません。壊さずに残すという選択を、事業として成立させるための手段です。収支だけを見れば、更地にして売ったほうが早い。それでも残すと決めたなら、そこから先は、許認可と資金と合意形成をひたすら積み上げる作業になります。

戸籍を集め、証憑を揃え、保健所と協議し、説明会で質問に答える。そういう地味な書類仕事の先に、あの灯りがある。この仕事の面白いところだと思っています。

本記事は事業の性質上、地域名・時期・関係者の詳細を伏せ、一部の経緯を再構成して記載しています。