城下町・炭酸泉・空き家再生バンク ── 大分県竹田市が分散型ホテルの適地である理由
Lillie Administrative Law Office / Blog
まちづくり・古民家活用
次に分散型ホテルが生まれるなら、
大分県竹田市だ
岡藩七万石の城下町、日本有数の炭酸泉、名水百選の湧水群、そして全国に先駆けて動き出した空き家バンク。竹田市が備えている条件を、行政書士の視点で一つずつ検証します。
一
「次はどこでやるか」を考えたときに、名前が挙がった
以前、北海道で昭和初期の空き家を改修し、分散型ホテルを立ち上げた過程を書きました。許認可、補助金、住民合意、相続人の確定。うまくいったこともあれば、時間の使い方を間違えたこともあります。
その経験を経て、いま考えているのは「この形が本当に力を発揮するのは、どういう地域か」ということです。分散型ホテルはどこでも成立するモデルではありません。条件があります。そして条件を整理していくと、ひとつの地名が繰り返し浮かんできました。
大分県竹田市です。
結論から書きます。竹田市は、分散型ホテルが成立するための条件を、ほぼすべて備えています。しかも、そのうちのいくつかは他の地域が何年もかけて作らなければならないものを、すでに持っている。以下、順番に見ていきます。
分散型ホテルが成立する条件
この五つを、竹田市に当てはめていきます。
二
竹田市はどんなまちか
大分県の南西部、九州のほぼ中央に位置します。阿蘇の外輪山とくじゅう連山に囲まれた高原と盆地のまちで、面積は広く、人口は2万人を切る規模。少子高齢化と人口減少は、他の中山間地と同じく深刻です。
アクセスは、JR豊肥本線の豊後竹田駅が玄関口。車であれば大分方面から国道を経由して1時間前後、湯布院インターからも道がつながっています。福岡・熊本・大分という九州の主要都市から、いずれも「日帰りするには少し遠く、一泊するとちょうどいい」距離にあります。これは宿泊業にとって、悪くない位置取りです。
そして竹田市の特徴は、性格の違う三つの顔を持っていることです。岡藩七万石の城下町エリア、日本有数の炭酸泉が湧く長湯温泉エリア、そして久住高原の農村エリア。ひとつの市の中に、まったく異なる滞在体験が同居しています。この点は、後で分散型ホテルの設計を考えるときに、大きな意味を持ってきます。
歴史の道・竹楽
高原野菜・畜産
御前湯・ラムネ温泉
FIG.1 竹田市の三つの顔。ひとつの市の中に、性格の異なる滞在体験が同居している。距離は目安であり、公共交通の便数は限られる。
三
アクセス ── 空港からも、鉄道でも届く
宿泊事業を検討するうえで、最初に確認すべきは交通です。竹田市は「九州のど真ん中」に位置しており、これは弱点にも強みにもなります。
FIG.2 竹田市へのアクセス概念図。所要時間は竹田市観光ツーリズム協会の案内による目安。実際の所要時間は交通状況・ダイヤにより変動します。
空港から
- 大分空港から ── 空港連絡バス「エアライナー」でJR大分駅まで約65分。大分駅からJR豊肥本線に乗り換え、豊後竹田駅まで約60〜70分です。
- 阿蘇くまもと空港から ── 特急バス「やまびこ号」で約130分。降車地の竹田温泉花水月から、JR豊後竹田駅までは徒歩約2分です。乗り換えなしで市の中心部まで一本で入れるのは、この経路の強みです。
鉄道で
玄関口はJR豊肥本線・豊後竹田駅。豊肥本線は、大分と熊本を九州山地を横断して結ぶ路線です。つまり竹田は、大分側からも熊本側からも鉄道で到達できる位置にあります。
駅そのものが観光資源になっている点も、書き添えておきます。列車が到着するとホームに瀧廉太郎作曲の「荒城の月」が流れ、出発の際には「花」が流れます。駅の待合室にはコインロッカー、Free Wi-Fi、電源、そして竹田観光案内所が備わっています。降り立った瞬間から城下町の演出が始まっている駅は、そう多くありません。
分散型ホテルの設計上、これは重要です。駅から城下町のレセプションまで歩ける距離にあるということは、車を持たない滞在客を受け入れられるということだからです。
車で
- 大分米良I.C から市内中心部まで車で約45分
- 阿蘇から約45分、高千穂から約90分
阿蘇・高千穂という九州有数の観光地の中間にあることは、周遊ルートの一泊地として大きな意味を持ちます。
四
条件① ── 城下町が、面として残っている
まず建物です。分散型ホテルは、歴史的建造物が「点」ではなく「面」で残っていないと成立しません。
岡城跡 ── 難攻不落の石垣と「荒城の月」
竹田を象徴するのが国指定史跡・岡城跡です。1185年、緒方三郎惟栄が源義経を迎えるために築いたと伝えられ、明治7年に取り壊されるまで存続しました。阿蘇山の火砕流でできた海抜325mの岩山の上に建ち、「難攻不落」と称された石垣が、いまも尾根に沿って延々と続いています。
そして、この城には音楽がついています。少年期を竹田で過ごした瀧廉太郎が、この城をモチーフに「荒城の月」を作曲したと伝えられ、本丸には銅像と歌詞が刻まれています。
観光資源としての岡城の強みは、天守がないことだと思っています。復元天守がある城は、その建物が主役になります。岡城には石垣と、そこから見える山並みしかない。だからこそ「城を見て終わり」にならず、滞在時間が城下町のほうへ流れていく構造があります。
武家屋敷通りと「歴史の道」
城下には、岡藩時代の面影を残す武家屋敷通りがあります。かつて13軒の武家屋敷が120mにわたって連なっていた通りで、現在は「歴史の道」と呼ばれる散策路の中核をなしています。
この「歴史の道」が、竹田の最大の資産です。広瀬神社、キリシタン洞窟礼拝堂、武家屋敷、旧竹田荘、歴史資料館、廉太郎トンネル、瀧廉太郎記念館、円通閣、十六羅漢、愛染堂、御客屋敷。これらが、歩いて回れる範囲に連なっています。
いくつか補足すると──
- 旧竹田荘は、江戸時代の文人画家・田能村竹田が暮らした武家屋敷。2階からは、竹田が漢詩に詠んだ城下町の景色が今も見えます。
- キリシタン洞窟礼拝堂は、岡藩の上級武士・古田家の屋敷跡にあるドーム型の洞窟。1612年の禁教令以降も、宣教師が隠れて布教にあたったと伝えられます。
- 廉太郎トンネルをはじめ、竹田の城下町は岩盤を掘り抜いた隧道が随所にあります。狭い盆地に城下町を収めるために、山をくぐる道を作ったのです。歩いていると、他所では見ない風景が続きます。
竹楽 ── まちが一夜でホテルのロビーになる
もうひとつ挙げておくべきなのが、11月中旬の3日間に開催される竹楽(ちくらく)です。城下町一帯に竹灯籠が並び、毎年10万人以上が訪れます。武家屋敷通りがメイン会場となり、素朴な火の明かりだけで統一された景観は、昼とはまったく別のまちに変わります。
そして、このイベントには裏の目的があります。竹田市では竹の需要縮小によって竹林の荒廃が問題になっており、竹楽は里山保全と放置林の活用を兼ねた取り組みでもあります。景観づくりが、そのまま環境の維持につながっている。分散型ホテルが目指す「使うことで残す」という発想と、根が同じです。
加えて実務的な意味もあります。年に一度、10万人を受け入れた実績があるということは、地域に人を迎えることへの合意形成が、すでにある程度できているということです。これは、ゼロから住民説明会を始める地域とは、出発点がまったく違います。
町なかの観光地(すべて徒歩圏)
- 国指定史跡 岡城跡駅から車5分/徒歩25分
- 阿蘇の火砕流でできた岩山の上に、石垣だけが延々と続く。四季で表情が変わり、紅葉期は特に人が集まる。公式サイトで登城料・年間パス・御城印の案内あり。
- 武家屋敷通り(歴史の道)徒歩圏
- かつて13軒の武家屋敷が120mにわたり連なった通り。「歴史の道」はここを起点に、広瀬神社・旧竹田荘・十六羅漢・愛染堂・御客屋敷などを結ぶ散策路。
- 旧竹田荘武家屋敷通り沿い
- 文人画家・田能村竹田の旧宅。武家屋敷の内部を見学できる数少ない一軒で、2階から城下町を見下ろせる。
- キリシタン洞窟礼拝堂徒歩圏
- 岡藩上級武士・古田家の屋敷跡にあるドーム型の洞窟。禁教令後も宣教師が隠れて布教にあたったと伝わる。竹田キリシタン研究所・資料館も近い。
- 瀧廉太郎記念館/廉太郎トンネル徒歩圏
- 少年期の瀧廉太郎が過ごした居宅。近くの廉太郎トンネルをはじめ、城下町には岩盤を掘り抜いた隧道が点在する。
- 願成院本堂(愛染堂)/観音寺 十六羅漢徒歩圏
- 愛染明王を祀る本堂と、石段の脇に並ぶ羅漢像。歴史の道の途中に自然と組み込まれている。
- JR豊後竹田駅玄関口
- 到着時に「荒城の月」、出発時に「花」が流れる。観光案内所、コインロッカー、Free Wi-Fiあり。駅裏には滝が落ちている。
- 竹田温泉 花水月駅から徒歩約2分
- 市街地の日帰り温泉。熊本方面からの特急バスの降車地でもある。
町なかの店
- さふらんごはん城下町・竹田エリア
- 竹田産サフランで炊いたご飯がランチのメイン。日替わりでだんご汁やカレー、ミネストローネなどが付く。カウンター9席の小さな店。
- 国産サフラン商い処 八世屋城下町・竹田エリア
- 竹田産サフランの花芯・球根に加え、ハーブティーや菓子も扱う。市内の道の駅や花水月でも購入可能。
- 丸福城下町
- 唐揚げを作り続けて50年以上の老舗。大分の唐揚げ文化を代表する一軒で、地元の日常の味。
- Bistro & Cucina Champi城下町
- 竹田の野菜を使ったフレンチ・イタリアン。高級路線と日常の味が同じ徒歩圏に混在しているのが、この町の面白いところ。
リンクのない施設・店舗にも、たけ旅(竹田市観光ツーリズム協会)に個別ページが用意されています。営業時間・定休日は変動するため、訪問前に必ずご確認ください。
五
条件③ ── 泊まる理由が、三つある
条件②の「徒歩圏の集積」は城下町エリアで満たされているので、先に③を見ます。宿泊施設は、それ自体では目的地になりません。竹田には、泊まる理由が複数あります。
長湯温泉 ── 世界屈指の炭酸泉
竹田市直入町の長湯温泉は、世界でも珍しい高濃度の炭酸泉が湧く温泉地です。大分県の紹介によれば炭酸ガス濃度は1200ppmに達し、湯に浸かると肌に気泡がびっしりと付きます。
この温泉には、学術的な裏付けの歴史があります。1933年、九州帝国大学の松尾武幸博士が長湯温泉の炭酸泉の効能を科学的に研究しました。博士はドイツで温泉治療学を学んだ人物で、長湯を世界でも稀な含鉄炭酸泉として紹介しています。
そしてドイツとの縁は現在まで続いており、1989年には温泉療養の先進国であるドイツ・バートクロツィンゲン市と友好親善を結び、その後、温泉療養文化館「御前湯」やドイツ風の飲泉所が建設されました。芹川の川原にある混浴露天の「ガニ湯」、気泡がはっきり見える「ラムネ温泉」など、湯のバリエーションも豊富です。
2015年には、長湯温泉に久住高原温泉郷と竹田・荻温泉を加えた「竹田温泉群」が国民保養温泉地に選定されています。竹田市は温泉療養の効果を実感できる環境づくりを進めており、一定期間以上滞在して湯治する人を支援する制度も設けられてきました。
ここが重要です。竹田には「連泊する理由」が制度として組み込まれている。一泊二日の観光ではなく、数日滞在して体を整えるという文化がある。分散型ホテルの一棟貸しは、この滞在スタイルと極めて相性が良い。
水 ── 名水百選の湧水群
竹田市には50か所を超える湧水が点在し、竹田湧水群は昭和60年3月に日本名水百選に選定されています。この水が飲料水となり、淡水魚の養殖を支え、農業を成り立たせています。
水がきれいであることは、それ自体が観光資源であると同時に、食の説得力を生みます。実際、竹田に移住してきた生産者に話を聞くと、まず出てくるのが水の話だといいます。
久住高原 ── 城下町の外に広がる景色
くじゅう連山の裾野に広がる久住高原は、夏でも冷涼で、牧草地と山並みが続きます。城下町の密度の高い風景と、高原の開けた風景。この落差が、車で20〜30分の距離に共存しているのが竹田の面白さです。
車で行ける範囲の見どころ
- 温泉療養文化館 御前湯(長湯温泉)車 約40分
- 長湯温泉のシンボル。ドイツ風の建築で、朝6時から営業している。飲泉所も併設。
- ラムネ温泉館(長湯温泉)車 約40分
- 32℃のラムネ湯と42℃のにごり湯を交互に楽しむ日帰り施設。建築家・藤森照信氏の設計による焼き杉と漆喰の建物で、屋根に松が生えている。長湯温泉ゆかりの作品を展示する美術スペースも併設。
- くじゅう花公園(久住高原)車 約30分
- 阿蘇くじゅう国立公園内、標高約800mの高原に広がる花の公園。年間500種500万本。くじゅう連山と阿蘇五岳を借景にできる。冬期は休園。
- 久住高原車 約20〜30分
- 牧草地と山並みが続く高原地帯。城下町の密度の高い風景との落差が大きい。
- 竹田湧水群車 約15〜20分
- 日本名水百選。市内に50か所を超える湧水が点在し、汲みに来る人が絶えない。
- 阿蘇/高千穂車 約45分/約90分
- 市外だが、周遊ルートを考えるうえで外せない。竹田はこの二つの中間に位置する。
所要時間は豊後竹田駅周辺からの目安です。公共交通の便数は限られるため、この範囲を回るには車または送迎が前提になります。分散型ホテルの設計上、ここが最も重要な論点になります。
六
食 ── サフランが国内の8割、農業産出額は県内一
分散型ホテルは、食事を地域の店に委ねる構造です。だから、その土地に食の核があるかどうかが直接効いてきます。竹田はここが強い。
サフラン ── 竹田方式という独自の栽培法
竹田市の農産物で最も特徴的なのがサフランです。国内生産量の約8割を竹田市が産出しており、生産量日本一を誇ります。
栽培の始まりは1903年。吉良文平氏が持ち帰り、「竹田方式」と呼ばれる日本独自の室内栽培法を確立しました。畑ではなく、暗い室内に球根を並べて育てるという方法です。最低気温が12℃を下回る日が数日続くと開花し、10月末から11月にかけて収穫期を迎えます。紫の花びらに真っ赤なめしべ。そのめしべが、料理の着色料や婦人薬の原料になります。
ただし正直に書いておくと、この産業は縮小してきました。生産のピークは1970年頃で、当時は約360戸の農家が約500kgを生産していたとされますが、農業従事者の減少と高齢化、輸入品との価格差などにより、生産量は大きく減っています。
しかしこれは、裏を返せばストーリーとしての強度があるということでもあります。120年続き、世界最高品質と評され、いま担い手を探している作物。宿泊者が滞在中にサフランの収穫を見て、それを使った料理を食べ、めしべを買って帰る。分散型ホテルが得意とするのは、まさにこういう「土地と結びついた体験」を組み立てることです。実際、サフラン栽培のために県外から移住してきた若い生産者もいます。
その他の食材
- かぼす・乾し椎茸 ── いずれも国内有数の産地です。
- 高原野菜 ── 夏でも冷涼な高原の気候を生かしたトマトやスイートコーンの生産が盛んです。
- 豊後牛をはじめとする畜産、そして米。
竹田市は、野菜・米・畜産を合わせて大分県内一の農業産出額を誇ります。これを支えているのが、先ほどの湧水です。水がよく、標高差があり、作物の幅が広い。宿の食事を地域に委ねるという分散型ホテルの構造にとって、これ以上ない基盤です。
加えて、城下町には50年以上続く唐揚げの老舗があり、地元野菜を使ったフレンチ・イタリアンの店もあります。高級路線と日常の味が、同じ徒歩圏に混在している。これも、まちを歩かせる設計には有利な条件です。
七
条件④⑤ ── 空き家バンクが、二段構えで用意されている
ここからが本題です。私が竹田市に注目する最大の理由は、観光資源ではありません。空き家をめぐる制度の作り込みです。
全国に先駆けた「農村回帰宣言」
竹田市は、平成21年(2009年)6月に、全国に先駆けて「農村回帰宣言」を行っています。少子高齢化と過疎化の克服、コミュニティの再生につながる政策として、日本の農村の受け皿となることを明確に打ち出したものです。
そして翌平成22年(2010年)7月から、複数の補助事業を実施しています。たとえば空き家活用奨励金は、市の空き家バンクに登録された家を売却または賃貸した所有者に対し、契約成立時に10万円を支給するというもの。売る側・貸す側にインセンティブを置いている点が特徴です。
これは、前回の記事で書いた「空き家が動かない構造」を理解した設計です。空き家問題の本質は、買い手がいないことではなく、所有者が動く理由がないことにあります。竹田市は15年以上前から、そこに手を打ってきました。
そして「空き家再生バンク」という第二の受け皿
さらに注目すべきは、通常の空き家バンクに加えて「竹田市空き家再生バンク」が創設されていることです。
市の説明が非常に的確なので、要点を紹介します。これまで空き家バンク制度によって空き家の利活用を図ってきたものの、空き家バンクに登録できない空き家も多く、それらは「売れない・貸せない・壊せない」という三重苦に陥っている。そのまま放置すれば景観の悪化にとどまらず、倒壊、放火、不法侵入といった危険をもたらしかねない──。
この認識のうえで、老朽化して通常のバンクには載せられない空き家を再生させるための制度として、空き家再生バンクが作られました。あわせて「空き家Re:Born(再生)補助金」が制定され、再生バンクに登録された空き家を活用し、定住を目的に改修・再生する経費が補助対象となっています。
この一文が持つ意味は大きいと思っています。多くの自治体の空き家施策は、売れる・貸せる物件を前提に組まれています。しかし現実に地域を蝕んでいるのは、その条件から漏れた物件のほうです。竹田市は、その漏れた側に制度を用意している。
そして、分散型ホテルが必要とするのは、まさにその漏れた側の物件です。市場で流通する物件は、放っておいても誰かが買います。事業として手を入れる価値があるのは、状態が悪く、権利が複雑で、それでも立地と佇まいが良い建物です。竹田市には、その受け皿がある。
移住・改修まわりの支援制度
参考までに、公表されている支援制度の一部を挙げておきます。
- 空き家改修事業補助金 ── 空き家バンクを活用して改修する場合、補助率2分の1、上限100万円。
- Uターン促進住宅取得・住宅改修事業補助金 ── 対象者が定住のため住宅を取得、実家等を改修、または空き家バンクを活用して改修する場合、補助率3分の2、上限100万円。
- 地元金融機関には、空き家バンク登録物件の購入・リフォーム資金を対象とした定住促進ローンも用意されています。
運営面では、空き家バンクは市が物件情報を管理し、一般社団法人竹田市移住定住支援センターが運営を担っています。移住専用のウェブメディアも整備され、オンライン相談にも対応しています。
実務者として重要なのは、窓口と担当部署が明確に存在していることです。竹田市には農村回帰推進室という専門の部署が置かれてきました。この種の事業で最も時間を食うのは「誰に聞けばいいのか分からない」状態です。それが最初から解決されている自治体は、事業の立ち上がりが確実に速い。
八
すでに、動き始めている
ここまで「ポテンシャルがある」と書いてきましたが、正確に言えば、竹田市ではすでに動きが始まっています。
竹田市には、市内に点在する古民家を1日1組限定で貸し出す宿泊事業「竹田まちホテル」があります。城下町の真ん中に位置し飲食店・温泉・駅が徒歩圏という一棟、城下町から車で5分の里の風景のなかに佇む武家の家の趣を残した一棟、そして長湯温泉街の高台に建つ一棟。土間のキッチンや漆喰の風呂といった設えで、いずれも一般的なホテルの2倍以上の広さを持つ滞在型の宿とされています。
これは、分散型ホテルの発想そのものです。しかも城下町・農村・温泉街という三つのエリアにまたがっている点が独特で、竹田市が持つ「三つの顔」をそのまま宿泊体験に変換しています。
また、竹田市では行政主導の建築リノベーションと民間主導のリノベーションが連鎖的に行われてきたことが、建築分野の研究でも報告されています。空き家を福祉施設や宿泊施設へ転用する動きが、点ではなく連なりとして起きている。
つまり竹田は、「これから始まるかもしれない地域」ではなく、「すでに始まっていて、まだ面になりきっていない地域」です。私が可能性を感じるのは、まさにこの段階だからです。ゼロから住民の理解を得る必要はなく、前例がある。しかし、まちを一体として運営する規模には達していない。ここから面へ広げる余地が、大きく残されています。
九
行政書士の目で見た、竹田の実務論点
可能性の話だけでは仕事になりません。実際に竹田市で分散型ホテルを組むとしたら、どこが論点になるか。手続の側から整理します。
論点1:エリアをどう束ねるか
分散型ホテルの国際的な認証基準では、各施設がレセプションからおおむね半径200m以内に集積していることが要件とされます。竹田の城下町エリアであれば、この条件は十分に満たせます。歴史の道の沿線に建物が連なっているからです。
問題は、長湯温泉や久住高原まで含めて一体運営できるかです。城下町から長湯温泉までは車で相応の距離があり、公共交通はバス便に限られます。これを一つのホテルとして束ねると、清掃・鍵の受け渡し・緊急対応のすべてが長距離移動を前提とすることになり、運営効率は確実に落ちます。
実務的な答えは、「エリアごとに独立した集積を作り、ブランドとして接続する」だと考えています。城下町に一つの集積、長湯温泉に一つの集積。それぞれが許認可上も運営上も自立し、予約・案内・体験プログラムの層で連携する。分散型ホテルを名乗るために無理に一体化するより、この形のほうが現実的です。
クラスターA|城下町
R = 約200m / 徒歩で完結
客室棟
客室棟
客室棟
食事処
既存の商店
- 受付・客室・食事のすべてが徒歩圏
- 緊急時の駆けつけ時間を担保できる
- 歴史の道の歩行体験がそのまま導線になる
ブランド・予約
体験プログラム
送迎で接続
許認可と日々の運営は
クラスターごとに独立
クラスターB|長湯温泉
R = 約200m / 温泉街に集積
客室棟
客室棟
共同浴場・飲泉所
- 連泊・湯治型の滞在を担う
- 既存の温泉施設を館内設備として使う
- 受付は小規模でよく、投資を抑えられる
FIG.3 導線の案。市域全体を一つのホテルとして束ねるのではなく、徒歩圏の集積を二つ作り、ブランドと予約の層で接続する構成。
論点2:旅館業法上のフロント機能
簡易宿所として構成する場合、玄関帳場(フロント)の扱いが最大の論点になります。全棟にフロントは置けませんから、ICTの活用等による代替措置を、所管の保健所と事前に詰める必要があります。
本人確認の方法、宿泊者名簿の作成と保存、鍵の受け渡し、そして緊急時に受付から各棟へ何分で駆けつけられるか。この「何分」が、事実上の立地条件になります。城下町エリアであれば徒歩で完結しますが、エリアをまたぐ運営を計画するなら、ここは厳しく見られると考えたほうがいい。
論点3:古い建物ゆえの建築・消防
城下町の建物は、確認済証や検査済証が残っていないケースが想定されます。用途変更にあたっては、建築士と組んで法適合状況の調査から入ることになります。床面積によっては確認申請が不要となる場合もありますが、「申請が不要」と「法令に適合しなくてよい」は別の話です。
消防についても同様で、木造の歴史的建造物に自動火災報知設備や誘導灯をどう通すかは、意匠を残す設計と真正面からぶつかります。加えて竹田の城下町は、隧道や崖地に沿った狭い道が多い。消防車両の進入経路は、早い段階で確認しておくべき項目です。
論点4:空き家バンク物件を事業に使えるか
ここが最も慎重を要します。空き家バンクや空き家再生バンクの補助制度は、多くの場合「定住」を目的として設計されています。宿泊事業への転用が対象になるかどうかは、制度ごとの要綱で判断が分かれます。
したがって実務では、次の順序になります。①どの制度が使えるかを先に確認し、②その要件に合わせて物件と事業スキームを選ぶ。逆の順序でやると、改修が終わってから対象外だと判明します。竹田市には起業支援の補助制度も設けられてきましたので、定住系ではなく事業系の制度と組み合わせる設計も含めて、窓口で確認する価値があります。
論点5:所有者の確定
これはどの地域でも同じですが、古い城下町ほど相続が積み重なっています。空き家バンクに登録されている物件は所有者が整理されている一方、本当に欲しい建物ほど、バンクに載っていないということが起こります。戸籍を辿り、相続人全員の意思を書面で揃える作業は避けて通れません。ここに要する期間を、事業計画の最初に織り込んでおく必要があります。
十
正直に書く、竹田の弱点
いいことばかり並べても仕方がないので、課題も書きます。
- 二次交通が弱い。豊後竹田駅までは鉄道が通っていますが、そこから長湯温泉や高原エリアへはバス便が中心で、本数は多くありません。車を前提としない旅行者にとって、市内の移動は簡単ではない。分散型ホテルは「歩けること」が前提のモデルですから、城下町エリアで完結する設計にするか、送迎を組み込むかの判断が要ります。
- 人材の確保。人口2万人を切る規模の自治体で、通年のシフトを組める運営スタッフを揃えるのは容易ではありません。外部事業者に委託すれば人は揃いますが、その分だけ地域に雇用と利益が残らなくなる。この設計は先送りにできません。
- 知名度が観光地として突出していない。大分県には別府と湯布院という強力なブランドがあり、竹田はその陰に隠れがちです。これは弱点であると同時に、まだ価格競争に巻き込まれていないという意味でもあります。分散型宿泊施設の平均客室単価は、一般的なホテル・旅館の平均より高い傾向にあるという分析もあり、文化体験を重視する層に届けば、単価を保った事業設計は可能だと考えています。
- 建物の状態。これは竹田に限りませんが、市自身が「壊せない」空き家の存在を認めているとおり、老朽化が進んだ物件は少なくありません。改修費が読みきれないリスクは、常に前提として置いておくべきです。
十一
それでも、竹田を推す理由
最後にまとめます。冒頭に挙げた五つの条件を、あらためて当てはめます。
竹田市の評価
五つとも埋まります。そのうえ、すでに古民家を点在させた宿泊事業が動いており、行政と民間のリノベーションが連鎖的に起きている。条件が揃っているだけでなく、実際に人が動いている。
分散型ホテルは、まちに残っている建物を一棟ずつ使えるものに戻していく作業です。壊すか放置するかの二択しかなかった空き家に、「使う」という第三の選択肢を置く試みでもあります。その意味で、自治体自身が「売れない・貸せない・壊せない」空き家の存在を認め、そこに制度を用意している竹田市は、この事業の思想と最初から噛み合っています。
岡城の石垣の上から城下町を見下ろすと、屋根の連なりが盆地に収まっているのが分かります。あの屋根のうち、いくつが空き家なのか。そして、そのうちいくつに、もう一度灯りをつけられるのか。行政書士として関わるとすれば、その入口にある権利関係の整理と、行政に出す一枚の書面から始まります。

