法務実務とゲームに共通する戦略的思考の重要性
はじめに
この記事は、ある企業の法務部門のランチの中で、「ポケモンマスターズEXにはまってたくさん課金しています。法務実務に役に立ちませんよね?」という一言をきっかけに始まりました。
難関国家資格の試験を突破し、いよいよ自身の看板を掲げて歩み始めようとしている皆様、あるいは既に実務の荒波に漕ぎ出した皆様、お疲れ様です。士業としてのキャリアを築く過程では、法律の知識を研鑽することはもちろん大切ですが、それ以上に求められるのが、クライアントのビジネスを深く理解する力です。今回は、一見すると法務実務とは対極にあるように思えるスマートフォンゲームを題材に、そこから抽出できる士業の本質的なスキルについて掘り下げていきます。
この記事でわかること
この記事を最後まで読んでいただくことで、ゲームというエンターテインメントの中に隠された高度なビジネス構造と、それがどのように法律実務や事務所経営に直結しているのかを理解できるようになります。
具体的には、製品が市場に出るまでのフロー、収益を上げるための仕組みであるマネタイズ、顧客を惹きつける広告戦略、そしてそれらを支える知的財産権の知識といった多角的な視点が得られます。また、ゲーム内での効率的な攻略法が、そのまま実務における計画性やリソース管理の訓練になるという意外な側面についても詳しく解説していきます。
法務部門におけるある部下の事例
ここで、ある企業の法務部門に勤務する若手社員の事例を紹介します。これはあくまで架空の状況設定ではありますが、皆様が今後、顧問先から相談を受けたり、自身の事務所のスタッフを育成したりする際の参考になるはずです。
その部下は、業務時間外のほとんどをポケモンマスターズEXというゲームに費やしており、相当な金額を投じていることが周囲に知れ渡っていました。上司である管理職は、その様子を見て、法務実務という厳格な仕事に従事する者が、これほどまでに娯楽にのめり込んでいて良いものだろうかと不安を抱きました。ゲームに課金することやキャラクターを育てることに時間を割くことは、法務としての成長を阻害する無駄な行為ではないかと考えたのです。しかし、その部下の業務パフォーマンスを詳細に分析してみると、驚くべき事実が判明しました。彼は複雑な契約書の条項を整理する際、ゲームで培ったリソース管理の能力を発揮し、どの条項がリスクの要所であるかを瞬時に見極めていたのです。また、知財関連の相談においても、キャラクタービジネスの構造をゲームを通じて理解していたため、現場の担当者と共通言語で対話することができました。
この事例は、一見無意味に見える趣味が、実は高度な実務能力を養うためのシミュレーターになり得ることを示唆しています。
ポケモンマスターズEXとは何か?
「ポケモンマスターズ EX」は、株式会社ポケモンと株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)が共同で開発・運営しているスマートフォン向けのゲームアプリです。
従来のポケモンのゲームシリーズとは少し異なり、トレーナーとポケモンのコンビ(バディズ)に焦点を当てているのが最大の特徴です。
1. キャラクタービジネス
通常、ポケモンは「モンスター」を集めることが主目的ですが、このゲームでは歴代の『ポケットモンスター』シリーズに登場した、主要キャラクター(ジムリーダー、チャンピオン、主人公など)が主役です。
付加価値の創出: 既存のキャラクターに新しい衣装(マジコスなど)を着せて登場させることで、キャラクターの魅力を再生産し、ファンの購買意欲(課金意欲)を高める戦略をとっています。
2. チームバトル形式の対戦
3対3のチームバトルを採用しています。
戦略的思考: 自分の好きなキャラクターだけで勝つのは難しく、「アタッカー」「サポート」「テクニカル」といった役割分担を理解し、相手の弱点に合わせてチームを編成する論理的思考が求められます。
3. 世界観の集大成
舞台は人工島「パシオ」という設定で、本来は出会うはずのない異なる地方のトレーナーたちが一堂に会します。
IP(知的財産)の活用: 過去30年近い歴史を持つポケモンの資産をフル活用しており、世代を超えたファン層を取り込むことに成功しています。
4. 収益モデル(マネタイズ)
基本プレイは無料で、アイテム課金制(ガチャ)を採用しています。
継続性の設計: 定期的なイベント開催や、新しいバディズの追加により、ユーザーを飽きさせない運用が行われています。
専門用語の解説
本題に入る前に、今回の考察で重要となる二つの専門用語について整理しておきましょう。
一つ目はマネタイズです。これは、特定のサービスや製品から収益を上げるための仕組みを指します。士業であれば、自身の知識や法務手続きというサービスを、どのような価格体系で、どのようなタイミングで顧客に提供し、持続的な利益を生み出すかという戦略に直結します。
二つ目は知的財産権です。これは、発明、考案、意匠、著作物など、人間の知的活動によって生み出された財産的な価値を持つ情報の権利を指します。ゲームの世界ではキャラクターや音楽、プログラムなどがこれに該当し、法務実務においてはクライアントの競争優位性を守るための最も重要な盾となる概念です。
ゲームを作るまでの流れを理解する重要性
ゲームが企画され、開発を経てリリースされるまでの流れを理解することは、士業が企業のバックアップを行う上で非常に有益です。
一つのゲームが世に出るまでには、膨大な企画書、仕様書、そしてエンジニアやデザイナーの労働力が投入されます。これらを法務の視点で見ると、業務委託契約、秘密保持契約、さらには開発スケジュールに伴う労務管理など、実務の宝庫であることがわかります。ゲームの構造を知ることは、プロダクトが完成するまでの各工程に潜む法的リスクを予見する力を養います。
マネタイズの仕組みから学ぶビジネスモデル
ポケモンマスターズEXのようなソーシャルゲームにおけるマネタイズは、非常に精緻に設計されています。ユーザーがどのような心理状態で課金を選択するのか、その動機付けやタイミングの設計は、士業が自身の報酬体系を設計する際のヒントになります。例えば、スポットの案件だけでなく、継続的な保守管理やアドバイスを行う月額制の顧問契約をどのように提案するかという課題に対し、ユーザーに継続的な価値を提供し続けるゲームの運営手法は、多くの示唆を与えてくれます。
広告戦略と法的規制の交差点
ゲームを広く普及させるための広告には、景品表示法や薬機法といった様々な法的規制が関わります。特にインターネット上の広告は、消費者に与える影響が大きく、法務実務においては不当表示の防止やキャンペーンの適法性確認が欠かせません。ゲームがどのようにユーザーを惹きつけ、どのような言葉を選んでプロモーションを行っているかを観察することは、広告法務の感性を磨く絶好の機会となります。
法務知識と知的財産権の深まり
ゲームビジネスは、まさに知的財産の塊です。キャラクターの一人ひとりに著作権が存在し、その名称やロゴには商標権が関係します。ゲーム内の特異なシステムには特許権が認められることもあります。これらがどのように守られ、あるいはどのようにライセンス展開されているのかを追うことは、教科書を読む以上の生きた学習になります。ゲーム内で行われるコラボレーションイベント一つをとっても、そこには複雑なライセンス契約が存在していることを意識するだけで、実務的な洞察力は飛躍的に高まります。
キャラクターを育てる計画性と実務の連動
ゲーム内でのキャラクター育成は、限られたリソースをどこに集中させるかという経営判断そのものです。経験値を効率よく稼ぎ、最適な装備を選択し、強敵に打ち勝つためのチームを編成するプロセスは、士業が抱える複数の案件をどのように優先順位付けし、最短で完結させるかという計画性と同義です。目標から逆算して今何をすべきかを判断する思考は、多くの案件を抱えながら精度を落とさずに処理しなければならない若手士業にとって、欠かせない能力です。
アイテムを効率よく獲得するための道筋
効率的なアイテム獲得のためには、ゲームのルールを精読し、隠されたロジックを解明する必要があります。これは法律の条文を読み解き、裁判例や通達を確認しながら、クライアントにとって最も有利な解決策を見つけ出す作業と酷似しています。最短経路で目的を達成しようとする姿勢は、法的手続きの迅速化や、無駄のない書面作成へと昇華されます。ゲームを通じて培われた論理的思考は、複雑な法律問題の糸口を見つける際にも必ず役立つはずです。
これら全ての思考は実務そのものである
ここまで述べてきた通り、ゲームに没頭することによって得られる視点や思考プロセスは、決して無駄なものではありません。むしろ、変化の激しい現代において、新しいビジネスモデルを柔軟に理解し、それに対応する法的アドバイスを提供するためには、こうした娯楽の中に潜む本質を見抜く力が不可欠です。課金という行為一つをとっても、それが経済活動としてどのような意味を持ち、どのような法的保護を受けているのかを考える癖をつけることで、あなたの法務実務の質は劇的に変化します。
記事のまとめ
今回の内容を振り返ります。
まず、ゲームの開発からリリースまでのフローを把握することで、企業実務の全体像を捉える力が養われます。次に、マネタイズや広告の仕組みを観察することで、ビジネスの収益構造と法的規制の関係を実体験として学ぶことができます。さらに、知的財産権の重要性を再認識し、ゲーム攻略における計画性や効率性を実務のタスク管理に応用する重要性をお伝えしました。
一見すると実務に直結しないように見えることの中にこそ、他者と差別化を図るためのヒントが隠されています。皆様がこれから士業として歩んでいく中で、自身の趣味や日常の経験をすべて実務の糧に変えていくような、広い視野を持って活躍されることを心より願っております。

