法令における手続きの重要性を行政書士が解説します。

はじめに
法令に定められた手続きは、単なる事務的なルールではありません。それは、個人の人権と自由を守り、社会全体の信頼性を維持するための重要な基盤です。
特に刑事手続の領域では、その重要性は一層高まります。ここでは、なぜ手続き違反が問題となるのかを、人権や刑事訴訟法の観点から詳しく解説します。
法令における手続きの意義と人権
「お役所仕事」と聞くと、時に「融通が利かない」「形式的だ」といったイメージを持つ人もいるかもしれません。しかし、法令に定められた手続きは、私たちの生活のあらゆる場面において、公正で予測可能な行政活動を保障するための基盤となります。特に行政手続は、国民が行政と向き合う上で、その権利が不当に侵害されないための最後の砦ともいえるものです。
憲法は、国が、国民の生命、自由及び幸福追求の権利を尊重すべきことを定めています。そして、これら基本的人権を保障するための重要な原則が、適正手続の保障(デュー・プロセス)です。これは、国や地方公共団体が私たちに不利益な処分(例えば、営業許可の取り消し、許認可の拒否、あるいは逮捕・勾留といった刑事処分など)を行う際には、必ず公正な手続きを踏まなければならない、という考え方です。
もし行政や捜査機関が勝手に手続きを飛ばしたり、都合の良いように解釈したりすれば、私たちは自分の言い分を伝えたり、証拠を提出したりする機会を奪われてしまいます。これは、個人の権利や自由が恣意的に侵害されることにつながりかねません。手続きは、行政権力や捜査権力の濫用を防ぎ、人権の擁護を実質的に保障するための重要な防波堤なのです。
手続き違反が問題となる理由
法令における手続き違反が問題となる理由は、その影響が個人の権利に留まらず、社会全体の法秩序と信頼にまで及ぶためです。
1 個人の権利利益の侵害と防御権の保障
行政処分や刑事手続きにおいて、手続きが守られないことは、個人の権利利益を直接的に侵害することにつながります。例えば、行政手続法において不利益処分を行う際に義務付けられている聴聞や弁明の機会の付与は、処分を受ける者が自身の主張を述べ、反論する機会を保障するものです。これが不十分であれば、誤った事実認定に基づいて処分が下されたり、本来考慮されるべき事情が無視されたりする可能性があります。
刑事訴訟においては、この防御権の保障はさらに厳格に求められます。例えば、被疑者・被告人の黙秘権、弁護人依頼権、証拠開示など、数多くの手続き規定が設けられています。これらは、国家権力に対抗する個人の「盾」とも言えるものであり、仮にこれらの手続きが遵守されなければ、無実の者が罪に問われたり、不当な刑罰が科せられたりする危険性が高まります。手続きは、実体的真実の発見という目的を実現する上で、公正な過程を確保するための不可欠な要素なのです。
2 行政・捜査機関の公正性と透明性の欠如
法令で定められた手続きは、行政機関や捜査機関が特定の個人や団体に対して不公平な扱いをすることを防ぎ、公正な判断を導くためのルールです。手続きが守られない場合、その判断に恣意性が入り込む余地が生まれてしまいます。
また、手続きには、なぜその処分が行われたのか、その根拠は何かを明確に国民に示す「説明責任」を果たすための規定も含まれています。手続き違反は、この説明責任の不履行を意味し、行政や捜査機関の活動が私たち国民にとって不明瞭になる原因となります。透明性のない行政や捜査は、国民からの信頼を得ることはできません。特に刑事事件においては、捜査の透明性と適正性が担保されなければ、市民社会全体の安心感が損なわれてしまいます。
3 処分の違法性と法秩序への影響
法令の手続きは、行政処分や刑事手続きが適法に行われるための要件の一部です。つまり、手続きが守られなかった場合、その処分や手続きは違法となる可能性があります。
行政処分の場合、重大な手続き違反があった場合、その処分は裁判で「無効」とされたり、「取り消し」の対象となったりすることがあります。これにより、せっかく行った行政活動が台無しになるだけでなく、行政組織全体のコンプライアンス意識が低下し、国民の行政に対する信頼を著しく損なうことになります。
刑事訴訟においては、手続き違反はさらに厳格な問題となります。例えば、違法な捜査によって収集された証拠は、証拠能力を否定され、裁判で採用されないことがあります。これは、違法収集証拠排除法則と呼ばれるもので、将来の違法な捜査を抑止し、適正な手続きを確保するための重要なルールです。もし手続き違反が許容されれば、警察や検察が不適切な手段で証拠を集めることを助長し、法治主義の根幹を揺るがすことになりかねません。
刑事訴訟法における手続きの重要性
刑事訴訟法は、まさに人権保障と適正手続きを追求するための法律と言っても過言ではありません。捜査機関による被疑者の身体拘束、財産の捜索・差押えといった強力な権限行使は、個人の自由やプライバシーといった基本的人権を直接的に制約するものです。だからこそ、刑事訴訟法はこれらの権限行使について、令状主義をはじめとする厳格な手続きを定めています。
例えば、逮捕や勾留には、裁判官が発する令状が必要とされ、その手続きには厳格な要件が定められています。これは、捜査機関の恣意的な身柄拘束を防ぎ、個人の身体の自由を最大限に保障するためのものです。また、黙秘権の告知義務や、供述の任意性の確保なども、被疑者が不当な自白を強要されることを防ぎ、真実がねじ曲げられることを避けるための重要な手続きです。
これらの手続きが遵守されなければ、たとえ犯罪を犯した者がいたとしても、その手続きの違法性によって無罪判決が下されたり、証拠が排除されたりする可能性があります。これは、一見すると「犯人が野放しになるのか」と感じるかもしれませんが、その背景には「適正な手続きによって得られた証拠でなければ、真実と認めない」という、国家権力の暴走を許さないという司法の強い意思があるのです。
まとめ
行政手続き、そして刑事訴訟における手続きは、単なる形式的なルールではありません。それは、私たちの基本的人権を守り、行政や司法が公正に、そして透明に運営されるための法的基盤そのものです。
手続き違反は、個人の権利を侵害し、行政や司法の信頼性を低下させ、最終的には社会全体の法秩序を揺るがす重大な問題です。もし行政からの処分や、警察・検察による捜査で「手続きがおかしい」と感じた場合は、行政手続法や刑事訴訟法の趣旨を理解し、弁護士などの専門家や然るべき機関に相談することも重要です。行政や司法の活動が適正に行われているか、私たち一人ひとりが関心を持つことが、より良い社会の実現につながります。